愛車に名前を付ける理由。好きになったものは、呼び方が変わる

愛車に名前を付ける理由。好きになったものは、呼び方が変わる

Image 車と人間、犬、全ては相棒

愛車に名前を付ける人は、意外と多かったりする

でも、ほとんどの人はそれを人に言わない。少し照れくさいし、説明する必要もないからだ。

車は機械で、移動手段で、所有物だ。そこに名前を付けるのは変だと言われたら、たぶん反論できない。

でもそれでいい。気づいたら名前で呼んでいる瞬間がある。決めたわけじゃない。流れの中で、自然に生まれる相棒感。

 

気づいたら、名前で呼んでいた

最初から名前を付けようと思っていたわけじゃない。納車の日はただ嬉しくて、傷を付けないように気を張って、それだけだった。

でも、何度も同じ道を走り、同じハンドルを握り、同じ景色を見て帰るうちに、いつの間にか呼び方が変わっていく。

「今日も頼むな」とか、「よく走ったな」とか。メーカー名でも型式でもない、自分だけの呼び方になっていた。それは決めた瞬間があるわけじゃない。ただ、関係が変わった結果として自然に生まれる。

 

名前を付けるのは、道具としてではなく相棒だから

人はどうでもいい物に名前を付けない。移動手段としてだけ使うなら、車は車のままでいい。でも、雨の日に助けられた記憶や、夜の帰り道で安心した時間や、誰かを乗せて走った思い出が重なったとき、ただの機械ではいられなくなる。

名前は所有の証明じゃない。「大事にしたい」と思った気持ちが、言葉になっただけだ。

 

小さな印を置きたくなる理由

名前を付けることと、ステッカーを貼ることはよく似ている。どちらも目立つためじゃない。自分にとって意味のある存在だと確かめるための行為だ。

ほんの小さな印を置くだけで、「これは自分の車だ」と再認識できる。その静かな確認が、また大切に扱おうという気持ちを生む。


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車は、黙って隣にいてくれる存在になる

嬉しい日も、うまくいかなかった日も、車は同じ音でエンジンをかける。何も聞かず、何も言わず、それでも必ず動く。

その時間を何度も重ねるうちに、車は移動手段ではなく「戻れる場所」に近づいていく。名前を呼ぶ行為は、その存在を自分の中で受け入れた合図なのかもしれない。

 

大人ほど、こういう話を表に出さない

車に名前を付けていることを、人に話す人は多くない。少し照れくさいし、説明する必要もないからだ。

でも洗車の時間が長かったり、駐車位置を慎重に選んだり、小さな異音にすぐ気づいたりする人は多い。それはもう十分な愛着だと思う。名前を付けるかどうかは違っても、関係は確かにそこにある。

 

騎士だって、相棒に名前を付けてた

昔の物語では、騎士は剣や馬に名前を与えた。それは飾りではなく、共に生きる存在として扱うためだったと思う。毎日を走る車も、それに少し似ている。守ってくれるわけでも、戦うわけでもない。

それでも、人生の時間を確かに共にしている。だからもし自然に名前が浮かんだなら、それでいい。愛着とは、理由を説明できないまま続いていく関係のことだからだ。

ちなみに筆者の愛機GRアクアの愛称は「アクたん」

Image CWTGirl 相棒のトヨタ86と一緒にいて嬉しそうにする女の子の画像

名前を付けることも、印を置くことも、誰かに見せるためではない。ただ、自分と車の関係を確かめるための行為なのかもしれない。

 

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