
正直、ずっとステッカー難民だった
86(ZN6前期)に乗り始めてから、ずっと「何か貼りたい」と思っていた。 でも、いざ探すとどうしても違和感が残る。
- 主張が強すぎて、車よりステッカーが目立つ
- 文脈がよくわからない、英語やスローガン
- 「SPORTS」みたいなドストレートすぎる表現
どれも嫌いじゃない。 でも「これを自分の車に貼って、満足するか?」と考えると、正直なところ「う〜ん…。せっかくお金を出して買うのになぁ…。」と言う感想しかなかった。
悩んだ末に出た答えは、いちばん単純だった
探して、悩んで、比べて。 結局たどり着いたのが、かなりシンプルな結論だった。
「だったら、自分で作ればいい」
どうせ作るなら、
- 声高に主張しすぎしない
- でも、分かる人にはちゃんと伝わる
- 車の設計や思想を邪魔しない
そんなステッカーにしよう、と決めた。

貼ってみて一番しっくりきたのは「うるさくならない」こと
実際に86に貼ってみて、最初に感じたのは程よい距離感だった。
走りのキャラクターを変わるわけでもない。 速そうに見せたいわけでもない。
- 近づくと「あ、貼ってある」と分かる
- 少し離れると、ちゃんと車と共存している
この距離感が、「貼ってよかった」と思えた理由だった。
これがCRAFT WORKS TOKYOのスタート地点
この86に貼った一枚が、CRAFT WORKS TOKYOの最初のプロトタイプ。
売るためでも、ブランドを作るためでもなく、 「自分の車に安心して貼れたから」残すことにした。
結果的にそれが、今のC.W.T.の “静けさの中に、きちんと意味が残る” という考え方につながっている。

見護ると言うメッセージは願いを込めて
何年か前、両親が交通事故に遭ったことがある。
幸い大事には至らなかったが、「事故は予告なく起きる」という事実だけが、強く残った。
どれだけ気をつけていても、どれだけ運転に慣れていても。一瞬のズレで、状況は簡単に変わってしまう。
だからこそ、このステッカーには“速さ”や“主張”ではなく、見守る意志を込めたかった。
古くから日本では、狛犬や面の「眼」が災いを遠ざけ、境界を護る象徴とされてきた。CORE(眼心)は、その思想を現代のクルマに写したものだ。
目立たなくていい。語らなくてもいい。
ただ、そこに在り、静かに見守っている。
この一枚が、事故を防ぐ力になるわけではない。それでも、願いを託す場所があることは、運転する人の心を、ほんの少し整えてくれると信じている。
大切な人が、無事に帰ってくること。その当たり前を、今日も守り続けるために。
同じ感覚の人がいたら
- ステッカーは貼りたい
- でも主張しすぎるのは違う
- 車の世界観は崩したくない
そう感じているなら、この距離感はたぶん合うと思う。
※この記事は、実際に貼って使用した体験をもとに書いています。


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